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探索1日目

Valkoinen Kuolema!

         Valkoinen Kuolema!
                    Valkoinen Kuolema!



深く静かな新雪の上に、また一人、また一人と倒れていく。
私の周囲より遠い者から、少しずつ近くへと、Valkoinen Kuolema はやってきた。
北方山間部に暮らしていた私の一族「ヒースクリフ」は、少しずつ蝕まれ、大量に血を吐き、あるいは衰弱して死んだ。



ああ、災いだ。
大いなる荒野、不落の崖、ヒースクリフは、災いだ。
おまえに対するさばきは、一瞬にしてきた。
かの Valkoinen Kuolema(ヴァルコイネン・クオレマ) によって。





目を反らせない私は、そんな言葉を紡いでいた。
然り、如何に頑強な戦士や傭兵、騎士などを出してきた「ヒースクリフ」の者だとて、
Valkoinen Kuolema に抗う術はない。

新雪に広がる骸の数々。
背後から歩み寄る足音。
ゆっくりと私の肩にも手がかけられ―――





「……どうしたの、あんた」

野暮ったい口調と共に、意識は一気に覚醒した。
バイザー越しの眼前には、いかにも船乗りといった容貌の、浅黒い肌の頑強な男。
背後は青い海原と、同じく青い空、港町、そしてまとわりつくのは生臭い潮風だった。
山間部の雪原などはどこにもなかった。頬を切るような大気ではなく、温暖な海の風だった。

ここは中型船の甲板だった。島へと向かう船の上だ。丁度その港へ付いたところだった。
折り畳んだ「弓」を抱えたまま、うとうとしていたようだ。
船員に起こされるくらいなのたから、相当魘されていたのだろう。
何でもない、とだけ答え、礼を言ってから船を下りた。





ここは冒険者の集まる島だった。
人いきれや多様な人種・種族、様々な文化や概念の坩堝。
違わない。何も違わない。冒険者が集う場所というのは、どこも変わらない。
違うのは、苛烈さの度合いだ。

私は元々、別の冒険者が集う場所で、弓の師範をやっていた。
師範とはいっても、冒険者になりたての輩に基本的な弓の使い方を示唆するだけだ。
無論傭兵や冒険者として戦いに赴いたことはあったが、それは過去の話だった。

彼らは意気揚々と弓を携え、冒険地に赴き、死んでいった。
冒険局に依頼される、鉱脈探しや珍しい茸探索、それならばまだいい。
時には巨大な節足動物や悪魔族や、その他の類と戦い、死んでいった。
生きながら食われていったり、頭の上半分しか残らないなどという話はざらだった。

問題はこの島が、そこまで苛烈な地であるかどうかだった。
師範から冒険者に戻った私はこの地でやっていかれるのかどうか。



手袋を取り、二三度掌を握る。調子は悪くない。以前よりもずっといい。
バイザーを少し上げる。視力も悪くなっていない。やはり以前よりもずっといい。
おそらく想像以上に動けることだろう。状況的には最悪だが、戦力的には悪くなかった。

畳んだ「弓」を担ぎ歩いていると、時折異様な目で見られるようだった。
それはそうだ、大抵が若い冒険者のなかに、四十路女が大きな弓を持っていては、多少の目は引くことだろう。

髪の色や服装など、別の意味で目立つ者も多々居たが(一体全体あの娘らは、どうしてあんなに肌を晒しているのだろう。怪物に食いちぎられたい倒錯趣味だろうか)、それとは違う目で見られていることは明らかだった。

だがどうでもいい。目立とうがそうでなかろうが、私にとってはどうでもいいのだ。
もう時間がない。余裕もない。
あと一年か、半年か、そこまで猶予があるかどうか。
ひとまずは、この地を確認することが先決だ。私は早速招待状にある遺跡へと向かった。

財宝などには興味がないから、協力を申し出てくる輩などは皆無に違いない。
一人で潜る覚悟は出来ている。むしろそのほうが面倒が無くていいと―――





―――……思っていたのだが、何やら妙な話になってきてしまった。

風貌が変に目立つのは自覚しているが、まさか声をかけてくる輩がいるとは思わなかったのだ。
しかもそれは、一見怪物と見紛うばかりの、灼熱色の狼獣人だった。招待状を持っていなかったら問答無用で打ち抜いていたかもしれない。
外見と大差なく、そこかしこに粗暴さが滲み出る彼は、別の呪術師らしき胡散臭い男にも声をかけていた。要は戦力が欲しいのだとは理解した。

それからは目まぐるしいように、流されるように同行者が集まった。

妙な色に髪を染めた娘や、兜を目深にかぶった隻腕の男、「頼りなさげ」を絵に描いたような槍を持った細身の男など、一般の街中に居たらどうかと思われる面々だった。
だが、冒険者の集団であればままあることだ。驚くことではない。
むしろ平均的な一団であることが、少しだけ懐かしく思えた(平均が取れるのかどうかはさておく)。
ただ、あの眼鏡の若い女から、私が最も嫌悪する者の「匂い」がするのだけは気になった。



いずれにせよ、そんなことは些細な問題だ。
余裕があれば彼らについて知っておいた方が良いかもしれないが、それは後になるだろう。
問題はこの冒険地においての苛烈さと、何人が挽肉になって帰還するのか(あるいはしないのか)、そこだけだ。
冒険者の命が重いはずもない。私も含めて。





少し離れたところで、同行者達が話し合いをしている。潜る算段を付けているのだろう。
私は弦を取りだし、弓の整備を始めた。

温かい島であるはずなのに、極寒の風が吹き付けたような錯覚に囚われる。
ヒースクリフの者達の断末魔のように、耳の奧には凍り付くような風が吹き荒れている。
災いの名を連呼するように、それは温かな島の気候を無視して脳裏から離れることはなかった。

Valkoinen Kuolema!

         Valkoinen Kuolema!
                    Valkoinen Kuolema―――
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