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探索6日目

曇天続きだった遺跡外、地下へと続く階段付近は珍しく温かく、修道院跡に集う同行者たちの表情も心なしか解れていた。
冬季には貴重な陽光が差し、湧き水の音もどこか寒さが軽減されている。
術士の少年と痩身の槍使い(そういえば双方名前を失念している。支障はないが)が今日は温かいですねと穏やかに言い合っていた。

だが私の原風景は、凍った積雪が大地を覆う針葉樹林のままだった。
辛うじて流れる小川の水音はよりいっそう寒さを引き立たせ、時折ぽさぽさと枝の雪が積雪の上に落ちる。
ヒースクリフの里は、一年の半分以上がそんな気候の地だった。
あるものといえば、ヒース(荒原)とクリフ(崖)だけだった。

そんな中にも人は住み、街の者とは少々違いながらも、生活を営んでいた。
子供たちは雪原を駆け回り。
大人たちはささやかに牧畜を行い、武術の鍛錬を行い、鍛冶場には火が絶えることなく。
老人は錬金術を研究し鍛冶を発展させ、若輩の育成を行っていた。
全ては過去形だ。
今はもう失われた風景だ。
未だにそれに想いを馳せる私の脳裏には、何時だって燃えるような吹雪がけぶっていた。
冷たい海の水銀が、無数にかがやく鉄針を水平線に並行にうかべ―――



何だか寒くない?と橙色の髪の娘(やはり名を覚えていない)が肩をふるわせた。
そういやそうですね、とジャンニが周囲を見渡す。既に遺跡の内部、雪は降る由も積もる由もない。
私は特に何も感じない。多少寒い方が調子がいいくらいなのだ。

あの針葉樹林はまだあるだろうか。
濃緑色に降り積もる、仄かな青みのかかった雪。
爽やかなterpentine(ターペンテイン)の香。
Valkoinen Kuolema のことなど考えもしなかった幼少期に、あの林を駆け回った記憶。



おかしいな、おかしいですね。
同時にイグニスとジャンニが鼻をひくつかせた。
針葉樹の匂いがしますよ、ここいらにゃ生えてないはずなのに。
植生は調査したつもりだが、何分この島だからな。
そんな会話が耳に入ってきた。耳を疑った。

思考が漏れている…… というわけではなさそうだった。
少し考えたが、おそらくこれはあれだ。幻術のほころびだ。
若い頃には初歩の魔法を冒険に用いたことがある。無論それは魔力増幅効果のある指輪を用いたからできたことではあったが、未だ其の適正の残滓がこびり付いていたのだ。
ということは同行者達が感じたのは、私の思念による幻の寒気と幻の樹の香ということだろう。
面倒だが、野営の刻にでも話すことにする。

凍り付いた湖面の藍銅鉱と緑青の混じった色を思い浮かべると、同行者達は僅か怪訝な顔で幻の寒気を感じ取っていたようだった。
新鮮な香り漂う、針葉樹林が心の底に広がっていた。
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