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探索11日目

遺跡外はごく薄く雪が積もっていた。
温帯といえど雪の降る極端な気候であるらしく、言い換えれば四季が存在するということだ。
極東の島国はそんな所だと聞いたことはあったが、こんな辺境の島もそうだとは思わなかった。
どのみち一切の常識から外れた島だ。海流のせいで、偏西風のおかげで、周囲の気候でなどといった天候や地域の考察は徒労に終わるのだろう。そういうものだと理解するより他ない。

修道院跡へと続く丘陵地帯にも雪は薄く積もっていた。枯れ草の色が透けて見えるほど薄い積雪だったが、慣れぬ者にとってはこれでも厄介だろう。
泣き出しそうな空の色からすると、数時間のうちにまた降って来るだろうことは予想できた。
遙か上空では、大気を切り裂くような寒々しい笛風が、微かに鳴り響いて響き渡っていた。
鼻の奥にはツンとした冷気が感じられた。



夕餉の香り漂う修道院を出、新雪を踏んで、私は暫く歩いたところにある林に向かった。
あのオウミという青年―――多分青年だと思うが―――が、異様に張り切って豪勢な食事を作っていたが、宴席など拷問にも等しかった。
ただでさえあの集団からは浮いているのだ、私が居ない方が面倒もなくていいだろう。気が合う連中同士で宜しくやればいいのだ。

いつもの弩を携え、下草を踏んで林へと踏み入る。
狩りをしていたと言えば言い訳にはなるだろうし、食材を持って帰れば宴席にいなかった事への埋め合わせになると踏んだ為だった。
それに、久々の狩りでもっと昔の感覚を取り戻したいというのもあった。

まだ殆ど雪が積もっていない林であった。兎や狐の一匹くらいはいるだろう。そう思い獣道を探すことにしたその時だ。



巨大な鹿がいた。



いつから居たのか、完全な射程距離圏内だった。



ただの鹿ではない気配が、周囲をしんと鎮まりかえらせていた。
角と蹄が、薄暗い林の中で燐光を帯びて輝いていたが、それ以前に明らかに野生動物とは違うと、狩人の勘が告げていた。

往くことも去ることもせず、彼(?)はこちらを伺っていた。
同様に私も動けなかった。矢をつがえることも忘れていた。
神獣、聖獣、という単語が頭を掠める。猟師をやる連中の話に、ごく稀に出てくる言葉だ。
頭の中を読まれるとか、祟りを起こすとか、そんな話は掃いて捨てるほど聞いてきたが、まさか真偽を確かめられる事態になるとは誰が予想しただろうか。



どのくらい刻が経ったのか。
何の前触れもなくそれは悠々と踵を返し、林の奧に消えていった。
ようやく私は息を潜めていた自分に気がついた。
何かが起こることを期待でもしたのだろうか、或いは恐怖でも覚えていたのか。

どのみち連中に報告することではないだろう。調査するなどということになってはかなわない。
遺跡に潜る日を遅らせるわけにはいかないし、時間は無限ではないのだ。
不可思議な感覚を引きずったまま、私は再び下草を踏んで歩き始めた。





成果はそこそこだった。
冬毛に生えかわりかけの野兎が2匹。遺跡内に出没するような人語を話すものではなく、至って普通の兎だ。
脚を縛って弩にくくりつけ、積雪を踏んで帰途についた。
予想通り雪は降り始めている。着く頃には真っ暗になって、降りも激しくなっているだろうか。
急ぎ足で新雪を踏み、丘陵地を―――



ぽたり、と。
何かが新雪の上に落ちた。

黒い実か何かかと錯覚したそれは、よく見れば暗赤色であった。
血痕だった。真新しい血液だった。
そしてそれは、私の口元から垂れていた。

思い当たることは一つしかない。先程の鹿だ。
鹿の放つ神気が直接の原因ではない。だが、刻の歯車に影響をもたらしていることは直感的に理解できた。
その証拠に、新雪の上に冗談か何かのように鮮やかに落ちた血痕には、欠片が混じっていた。
内臓の欠片であった。
驚くよりも、また来たかという暗澹たる気分の方が大きかった。
人生で数度目の欠片であった。



Valkoinen Kuolema がやってきていた。





―――Thanx for Rental ENo.1680.
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