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探索5日目

丘陵地帯の空気を吸い込むと、鼻の奧にツンとしたものを感じた。
おそらくは青々と茂っていたのだろう草地は、殆どが枯れ草となっている。
冬の到来だ。この島は故郷と比べるとかなり温暖な気候だが、やはり冬はやってくる。
この鼻の奧に感じるのは、その兆候だ。
これに気付かないで秋から冬への準備を怠ると、大抵みんな風邪をひいてしまう。

遺跡で一通りのルートを辿り、遺跡外の修道院跡へ戻る。
経験者の話によれば、大体これが遺跡の内外を行き来するサイクルパターンなのだそうだ。
大体は掴めたと思う。戻ってこられる場所があるのはいいことだ。

遺跡は思っていたよりは普通だった。
昼夜も天候の変化もあり、植生はややデタラメな上に動物が人語を解するが、それ以外は至
極まともだ。
危険度も元居たところとは段違いに低い。動植物の生態から漂う児戯的な狂気はさておくが。
……冷静に考えれば普通ではないかもしれないが、不意の事故で命を落とす確立は低かろう。



木漏れ日の下にある市場に一人で赴く。
所謂「付加」を試したかった。半分実験に近いので、料金や対価は取らなかった。
物凄い人出に目眩がしそうになる。商品や職人の技が目まぐるしく動いていく。
私の外観で客が来るかと思っていたが、案外付加の技を欲しがる者はいたようだ。
出自や外観になどかまっていられないということか。

多少最初の手続きが面倒ではあったが、以降は大変使いやすい市場だった。
悪くない市場だ、管理人の手腕がいいのだろう。また何かあれば寄らせて貰うことにする。



いくつかの買い物をし、ゆるい坂道である丘陵地を歩く。
曇天の空は寒々しく、そろそろ昼間でも息が白くなる頃合いだろうか。
風鳴りが聞こえ始めれば、本格的な冬だ。
遠くに修道院跡が見え始める。現在の拠点。
遺跡に潜る同行者達がそこで暮らしている。

厨房の位置から炊事の煙がたなびいている。
帰って暫くすれば食事に呼ばれるのだろうか、面倒なことだ。
だが断って無駄な気を回されてしまうのは、もっと面倒だ。
小さな溜息を、冷たい小川のせせらぎが隠してくれたようだった。



夜間は早々に自室に引き上げる。
あのハウスキーパーが誰もいないここを清掃しているのか、塵一つ落ちていない。
よほどここに居た者が大切なのだろう。そういえば同行者達の何人かはその連中を捜しに来
ていたと小耳に挟んだ。
当然のごとく、その件に関しては部外者である私には大した感慨が沸くはずもない。

時計台の横の部屋は少々風通しが良すぎ、窓を開けると結構な風が舞い込んできた。
月明かりも差さない、一面の闇。風が枯れ草の乾いた音を運んでくる。
遙か遠くに、市街地の明かりが見え、うっすらと水平線も伺えた。

ふと煙草が恋しくなった。長男を出産する時から完全に断っていたことを思い出す。
口に入れるものだが、飲み込むわけではないし、余裕があれば欲しいかもしれない。
何より、夜風に吹かれて煙草を嗜みたい気分にもなった。



懐中時計の蓋を開け、閉める。
上蓋をさすり、声をかける。「おやすみ」と。
ランプの火を吹き消すと、部屋に闇が落ちる。
Valkoinen Kuolema が来るのを静かに待つ。
目を閉じる。
闇が訪れる。
意識が深い沼の底へ落ちていく―――
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